巨象が子羊のようなY堂を相手にしてくれる保証など何もない。
既にS、Dなどが水面下でシアーズ詣でを繰り返していた。
米国視察をするたびに限界を感じるようになったY堂は、欧米企業の対日進出を仲介するS社長のAからこんなアドバイスを受けた。
「相手が大きすぎると、なかなかノウハウは吸収できない。
それよりレストランチェーンなら日本でも根付くのでは」。
食の西洋化が急速に進み、なおかつモータリゼーション(自動車社会)の時代が確実にやってくるという読みがあった。
荒井はレストランチェーンとの提携交渉に的を絞ることを提案した。
I自身もY堂を核店舗とするショッピングセンターに家族で食事が楽しめる本格的なレストランの必要性を感じていた。
小売業と飲食業はともに一般の消費者を対象としたビジネスだ。
小売業同様に地道に取り組めば開花すると見たのだ。
当時、日本では洋風のレストランチェーンはまだ根付いていなかった。
事業家のIとしても日本にない業態を持ち込むことは非常に魅力的なものに映った。
荒井のアドバイスもありSらは当時コーヒーショップレストランとして成長していた米D社を訪れ、提携交渉を申し出た。
米D社は対日進出を検討したことはまったくなかった。
そのためSやSはD社を日本に呼び込もうとして何度も渡米し、ロサンゼルス本社に出向くことになった。
とはいえ、D社はSらの都合のいい時間になかなか会ってくれなかった。
SやSらは時間つぶしもかねてショッピングセンターなどを見て回ったが、移動の車中であることに気が付いた。
時折、主要道路沿いから住宅地に入る場所に小さな店があることだった。
その看板の名前は「S」。
カリフォルニア州を車で移動していると至る所に「S」の看板があり、中にはガソリンスタンドを併設している店もあった。
店に入ると日用雑貨、加工食品、飲料などを売っており、日本で言えば雑貨店と食料品店をいっしょにしたような印象を持ったという。
全米に4千店舗を構え、全米最大のコンビニエンスストアチェーンであることがわかった。
Sは直感した。
「これはただごとではない。
1店、1店は何の変哲もない店だが、これを4千店も管理するには何かものすごいシステム、ノウハウがあるに違いない」。
この直感がなかったら日本に「S」は生まれず、もしかしたらコンビニエンストアという業態が日本に上陸するのは相当遅れたかも知れない。
SとSはD社との提携交渉と平行する形で、米Sを運営するS社との提携を目指し、動き出すことになった。
1972年初めのことだった。
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